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生活日記

生活日記

空想童話 ~ その1 ~

   『雪を夢見て』 Evil And Snow



私は、少女としてこの世を去りました。
交通事故で。
15歳の塾帰りに車にひかれて、あっけないものでした。
やり残したことが、結構あったんです。
でも、そのまま天に召されたわけではありません。
天に召されたら、聖書ぐらいでしか活躍できなくなるじゃないですか。
これは紛れもない事実なんです。
 私は、大きな雪だるまの格好をしています。今、一仕事終えてスキー場で休憩中です。
そこで小さな溜息を一つ。
それは冬の冷たい空気に冷やされて、白く見えました。
本物の、天然の雪だるまのため息は、透明だというのは知ってるんです。
ということは私は雪だるまではないんです。
 
 私は少女としての生を終えた後、「死神」になりました。
正確には死神になる前に、未練が強かったために危うく亡霊になるところでした。
亡霊になるのを引きとどめてくれた死神(私は先輩と呼びますが)に憧れて、
死神になりました。
 死神の仕事は多種多様な「死後のお仕事」のうちの、ひとつです。
死にゆく生物の、最後の望み(遺志といいます)を
叶えてあげて、亡霊にならないようにするのです。
人は死んだあと、天国へ行くか、残って働くかを選びます。
残る方を選ぶ人には2タイプいて、
1つめは、私のように仕事そのものに興味がある人。
2つめは、一定期間仕事をすると、現実の世界で人として生まれかわれるという報酬(?)に興味をもった人。 

憧れて自分で選んだ職種ですが、正直なところ、最近嫌になってきています。
楽しかったのは仕事に不馴れな、初めの一ヶ月だけでした。
慣れると、これほど単調で、そのわりに気分を害する仕事って無いんじゃないかと思いました。 
「次の相手の遺志を叶えたら、転職しよう。」
声に出して、決意を固めます。
ずるずると続けていても、なにも良いことはないでしょう。
ちょうど一年で、区切りも悪くありません。
 急に元気づいた私は、休憩もそこそこに、最後の相手を探し始めました。どうやってかって? 
死神には、いろんな能力があるんです。飛ぶのもその一つ。
雪だるまの変装も、あまり役にたたないけど、その一つ。
 数分後に上空から見つけた、その相手は私をびっくりさせました。
というのは……。

          *
 
 体が熱い。体が重い。頭の中は脈打ってるし。意識は朦朧。
これが、病気というものらしい。
一週間ほど前から、毎日、無能な人間が注射を打ってくるけど、痛いだけで、良くならない。
ひんやりとした壁にもたれて眠るのが、とっても気持ちいいし、
一番の薬なのにと思う。
だから、強化ガラスを叩くのも、近くではしゃぐのも、いい加減にしてくれと言いたくなる。
「ねぇ、ねぇ、ねぇ、ね、お母さん。お母さん! トナカイが寝てるよ。」
 そうさ。たしかに僕は、トナカイだ。
見ればわかるだろう。
どうせ呼ぶなら、名前で呼んで欲しいと思う。
僕にはスノウという名前があるから。お母さんが付けてくれた自慢のね。
そのお母さんは、去年僕がちょうど2歳になったときにいなくなった。
だから、実際スノウとよんでくれるのは誰もいないわけで、けっこう寂しい。
 お母さんは故郷――ノルウェー――を思いだして、よく僕に雪の話をしてくれた。
綿のようにやわらかいもの、ぎゅっと握ると固くなるもの、暖かいもの、
そういうものらしい。
想像はできるけれど、やっぱり本物が見たい。
できれば、雪だるま(雪人間?)にも会えたらいいのに……。

          *

 そこで、彼の意識は消えた。
死神が、死を司る神が、彼のもとを訪れたから。
やる気がなくても、能力はある。
死神が目に力をいれれば、灯はすっと消えてしまう。
        
          *

 私は稀少動物保護センターの上空を、ゆるゆると旋回して、
檻のそばに着陸しました。
客観的に自分を見ると、雪だるまが空を優雅に旋回して軽やかに着陸するのですから、とても滑稽です。
 「トナカイ……。」
1年前に止まった心臓が、また動き出しそうなくらい、びっくりしました。
相手があっさり死んでしまったことにではないです。
そんなことには、とっくに慣れてます。
相手が人間じゃなかったことにです。
一年仕事をしてきましたが、人間以外を扱うのは初めてです。
そういえば、先輩に教えてもらったことがありました。
最後の望みが、亡霊になる危険をもつほどの遺志となるのは、人間とあと一部のほ乳類ぐらいのものだと。
「にしても……。きれいな死に顔。微笑んでる。」
 トナカイの表情を読むことなんて、できはしないのですが、自然に口から言葉がこぼれました。
それほど、このトナカイの顔は穢れなく、澄み切っていて、
それでいて見ていてほっとしました。
雪だるま変装の中で、私は久しぶりに笑いました。苦笑や嘲笑ではない自然な笑いでした。
けれども、あることを思い出し、笑えなくなりました。
「でもね……。顔が良くて、遺志が澱んでいたひとも、かなりいた。」
 少女としての私は、根気がある方だったと記憶しています。
その私が仕事を嫌いになったのは、
扱ってきた遺志――最期の夢――があまりにつまらなかったからだ
と思うのです。
例えば好きな人に思いを伝えるというのは、羨ましくてイライラしましたが、
まだ許せました。
でも、世界征服をしたいとか大金持ちになりたいとかの遺志には、
吐き気がしました。
そんなのは「夢」じゃない。
そう強く叫びたくなって、感情を抑えるのに苦労したことも
一度や二度じゃありません。
「当たりかな、外れかな……。どっちかな? 」
 軽く口ずさみました。遺志を汲み取る時に、いつもやっていることです。
最後の仕事だからといって、特別なことはしません。
大きな雪だるまは、天然とは違って、長く便利に出来ている手で、
トナカイの角を掴みました。
そして彼の遺志の世界へ、するっと滑り込みました。
私は、現実世界からトナカイの遺志世界へと飛び込みました。
          *
 肉体としての生存を終え、遺志の世界で生き始めるトナカイ。
心動かされる純粋な遺志を求める、雪だるまの、死神。
人でないもの同士が、遺志の世界で交わる。
 
          *

 朝なんだと思った。自然に目覚めた。眠さは全く残っていない。
身も心も、余計なものが取り払われたようで、楽だった。
長い間寝ていたのかもしれないと、当り障りのないことをまず考えた。
 
 何が不自由というわけでもなく……何がしたいというわけでもなく?
 
 奇妙だった。満たされすぎだった。心も体も。
 心の一部が自分のものじゃないような気がした。
心に空いた大きな穴に、何かどうでもいいことを、
穴からはみ出すくらいに詰め込まれた感じだった。
 穴には何が入っていたのだろう。頭を働かせた。
 そこで初めて、僕は肌寒いと思った。
辺りを見渡すと、見える範囲では、ごつごつした岩場しかなかった。
僕はこんな場所を知らなかった。だから不安もあった。
しかし不安を隠してしまうぐらいの、何に焦っているのかはわからないが、強い焦りが僕を突き動かした。 
僕は四本足ですっくと立ち上がった。
そして方向は野性のカン(僕は野生ではないけど)に任せて、
岩道を駆けおりていった。

          *

 私が現れた先は、雪原でした。
雪原に雪だるま、笑うほど似つかわしいのでした。
「……冷たくて、澄んでる。」
死神の私は、感情は少女のままですが、
雪だるまの着ぐるみの効果か、触感を感じにくくくなっています。
そこが寒いわけではなく、そのトナカイの遺志が、純粋だったのです。
彼は当たりでした。いいえ、当たり以上でした。
「彼の遺志は……、何なんだろ? 」
私はとても悩みました。
悩みすぎて、頭の上に乗っていたバケツが落ちたほどです。
それまでは、遺志世界の中に入ると、すぐに、
その人の欲望のせいで歪められている箇所が見つかったものでした。
わかりやすく例えれば、寝ているときに見る夢が、
色々なものがミックスされた結果、変になってしまうのに似ています。
遺志がわかると、その人を探し、「あなたはこんなことを夢見ていたはずです。」と告げてあげる。
そのくだらない夢の手伝いをして、
遺志の世界での寿命――心のキャパシティ――が尽きるまで、見守る。
とにかく、相手の遺志を推測できなくては、仕事が始まりませんでした。
でもわかりませんでした。
わかったのは、その場所がどこか寒い北の国のイメージを有しているということだけでした。  
       
         *

 岩道を下りていくと、白い虫がはらはらと舞いだした。
軽くて、やわらかそうな羽虫だ。目の前、鼻の先を泳ぐ。
この虫は何かに似ている、そうふと心に思った。
そして、あっけなく「雪」という言葉をとり戻した。
思い出して、改めてぐるりと周りを眺めると、
雪があってもおかしくないような景色だった。
 道に転がる岩の数も次第に減っていき、道に平坦なところが増えてきた。僕はだんだん速く走れるようになった。
足がガクガクしたが、ひたすら駆けた。
こんなに長い距離を走ったのは初めてだった。
不思議と疲れは感じなかった。
しかし、肌寒さは、いっそう激しく、ぞくぞくと躯を震えさせた。
 どのくらい走ったのか、見当が全くつかなくなったころ、
僕は平らで白い土地を、目と鼻の先に捉えた。
「あれが、雪なんだ。」
確信はあった。
僕は期待と希望に、文字どおり胸ふくらませながら、
しかし、体は寒さに震えながら、雪の原っぱへ滑り込んだ。
足がもつれた。

          *

 「雪ねぇ、なんだろう? 雪から連想するものは……。」
私は、雪原を歩き回り、遺志を推測しました。
雪も触ってみました。トナカイの気持ちにもなってみました。
少女時代を想い起こしたりもしました。
「あぁ、早くしてあげないと。」
トナカイの心のキャパシティが、どれだけあるのかはわかりませんが、
これだけ純粋な遺志の持ち主を亡霊にしてしまうのは、
可哀想で避けたかったのです。
それに最後の仕事が失敗で終わるのも、面白くありませんでした。
 私は、深く考えていました。
少女時代のテストでも、そんなに考えたことは無かったでしょう。
考えすぎて、鼻の炭が取れてしまったほどです。
だから山の方から、地鳴りと叫び声が近づいてきましたが、
避けるタイミングを逃しました。
 避けられなかったので、絵に書いたように衝突しました。
チョコレート色の体が、私のマシュマロ色の体とぶつかりました。
衝撃はそんなに感じませんでしたが、軽く飛ばされました。
雪だるまの私は、体のバランスが悪く、一度倒れると立ち上がるのに苦労しました。
「トナカイ、来ちゃったなぁ。どうしよう? 」
ぼおっとトナカイを見ていました。
良いアイデアは出そうにありませんでした。
トナカイ(名前は知らない)も、立ち上がっていましたが、
雪が顔について、目が見えないらしく、ぶるぶると頭を振っていました。
そして、しきりに体を震えさせていました。
彼の姿は、見れば見るほど愛らしいものでした。
何にぶつかったのかも、まだわからないようでした。
「ねぇ、僕? 私の言葉、わかるかな?」
とても優しい口調で尋ねると、トナカイは、トナカイ語で答えました。
死神は意識すれば、ほ乳類の声が聞けます。
「わかるさ。話すのは、口の形が違うから、無理なんだけど。
えと、僕の名前はスノウ。
それより、トナカイ語が分かるって、あんたこそ誰?」
 来ました。
避けては通れない質問なのは、承知していました。
変な格好――雪だるま――をしているせいで、仕事の度に尋ねられるのですから。
けれど、毎回緊張するのも事実でした。
「スノウ。見ての通り、雪だるまだよ。
あなたの夢を叶えてあげるのが、私の役目。」
死神であることを意図的に相手に知らせるのは、厳禁です。
厳しいことを言えば、相手に私情を抱くのも、死神失格なのですが。
今まで扱ってきた人は、この自己紹介を聞いて、ばかにするなと腹を立てたものでした。
きっとスノウもそうだろうと、悲しく思いながら、彼を見つめました。
 少し間があってスノウは、大きく目を見張りました。
確かめるように、ぐるぐると私のまわりを何度も回りました。
そして、興奮してしゃべりだしました。
「雪だるま、本物の雪だるまだ……。夢が叶った!」
彼は全身で喜びを表していました。
私に鼻を近づけたり、前足で触れたり、もう一度ぐるっと回ったりしました。
 雪だるま――中身は私――に、こんなに心動くスノウ。
 熱い涙が、ぽろぽろこぼれました。
きれいな喜びの手助けをできた、うれし涙でした。
死神になって、いいえ、生まれて初めての嬉し涙でした。
 けれども冷たい涙も、じわっと湧いてくるのです。
スノウは出会った時、震えていました。きっと寒いのでしょう。
空気が冷たいからではなくて、死にゆく故の寒さです。
 遺志の世界でその命を全うした生物は、天国で生を受けることになっています。
ひとえに亡霊になる危険性の芽は、摘まれてしまうようなのです。
仕事のあと、現実世界で生を受ける私とは、二度と出会えません。
本当のお別れになるのです。
 スノウはひとしきり雪だるまと戯れた後、本物の雪にその身を投げ出しました。
「ねぇ、雪だるま。雪って、本当に冷たくて、
けど暖かくて、やわらかいんだな。」
熱い涙と、冷たい涙がとめどなく溢れ出てきて、
私は返事ができませんでした。
「で、も、変だな。何だか……目をつむれば寝てしまいそう。」
「スノウ! 寝ちゃ、寝ちゃだめよ! 」
私は涙声で、必死に、声をかけました。
死神らしからぬことを言っている、その自覚もなくなっていました。
 けれども、彼はあえて、目をしっかり閉じて、呟くように言いました。
「僕は――寂しかったんだ。雪は、お母さんが死んでから、
僕の遠い遠い友達だった。今日は雪と雪だるまに会えて、楽しかった……。」
それがスノウの最後の言葉になりました。
私は、スノウに雪をたっぷりとかけてあげて、墓を作りました。

          *

 これは雪だるまの死神とトナカイの、ちょっと悲しいお話です。



<あとがき>

100アクセス記念として、息子から貰いました。
彼曰く、そこそこの自信作らしいです。
私に言わせれば、解釈しにくいのが欠点です。
詳しい感想、批評を頂けたら彼は狂喜乱舞すると思われます。



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